【ブログの不安や悩み】 ”文才がない” ”恥ずかしい”を乗り越える考え方(マインド)

こんにちわ。

 サラリーマン×コンサル×投資家=お父さん の えんすけ です。

親が本当に伝えたい大切なこと、学校だけでは学べない「社会のしくみ」「お金のこと」人生を楽しむ知識マインドを記事にしています。

親が子供に伝えたい事に、嘘や偽りなんてありません!そんな記事がまだ見ぬ“あなた”の人生を少しでも豊かにできれば幸いです。

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今回は、ブログを始めたいけど「文才がないかも」「なんだか恥ずかしい」そんな悩みで最初の一歩を踏み切れない時に参考にして欲しい考え方・知識を記事にしました。

私自身も人と関わる仕事をしていながら、いざブログを始めようと考えた時、「文才がないかも」「なんだか恥ずかしい」という心境になりました。ブログを始めるための”手法”を説明したサイトは数多くありますが、始めるにあたっての不安や悩みをどのような考えで解決したかを説明するサイトを見つけられませんでした。

ここでは、私がブログ実行を決意するまでの思考を記載したいと思います。

この記事で解決できること!

ブログを始めるにあたって 「文才がない!」「恥ずかしい!」「誰も見てくれないかも…」という悩みを全て解決し、ブログへ一歩を踏み出すことができます!

ブログを始めるべきか?悩んでいる皆さんの背中を押すことができればいいなと思っています。

文才がない! を乗り切る思考(マインド)

悩める少女
ブログへの悩み

このサイトに辿り着いたということは、「ブログによって何かを伝えたい」「自身の記録を残したい」といった動機があるのかと思います。

もちろん、ブログによって単純に「収益を得たい」という目的の人もいるでしょう。

しかし、最初に立ちはだかる悩みや不安は、自分に”伝えるチカラ”=”文才”がないのでは?というハードルではないでしょうか?

人と話すことは好きなんだけど…文章にするのって苦手

作文とか好きじゃなかったし。

私の場合は、文章が苦手なことに加え”おしゃれセンス”がないという残念な悩みもありましたが…

Google検索でブログを覗くと、おしゃれでわかりやすく、面白い文章の方々ばかりですよね?

そういう人たちのブログを除くと、自分が恥ずかしくなるのはよくわかります。

ブログに文才は必要ない!

文才は必要なし!

いきなり結論になりますが、ブログに文才は必要ありません!

私がこの結論に至ったのは”ネットにおける文才”とは何か?を考えた結果になります。

ネットにおける“文才”が何かを考える

あなたが“文才”がある人 として思い浮かべる人はどんな人でしょうか?

私は、雑誌のライター/新聞記者/小説家など、一般的に文章を書く能力に長けている人を思い浮かべました。面白い文章で人を惹きつけ時には納得させる、そんな文章を書ける職業を担っている人たちは確かに“文才”に長けています。

それでは、あなたがネット検索し”何かを解決したい時“にアクセスしたサイトやブログは小説家や雑誌のライターが作成した記事でしょうか?

多くの場合、Google上位に表示されるのは、ネット記事を専門としているブロガーさんの記事になります。

彼・彼女らは世界中で利用されているGoogleに上位評価されて、多くの人に閲覧されていますが、小説家や新聞記者ではありません。

ネット世界における”文才“はサーチエンジンに評価される文章

つまり、インターネットの世界において”文才“があると評価されるのは、Googleなどのサーチエンジンに評価され上位表示される文章を書くことができるに人になります。

この、サーチエンジンに評価されやすい文章というのは、小説や新聞記事を書く能力とは大きく異なります。

「あっと驚く文章」「難解だけど読みこむと意味がわかる面白い物語」こういった文章は人が読んだときには大きな感動を与えますが、感情や嗜好が無いサーチエンジンには伝わりません。

もちろん、サーチエンジンもどんどん進化しており、人が評価する思考プロセスをプログラムに落とし込んでいることと思います。しかし、人間が感じる思考プロセスそのままをプログラムするには至っていません。

ですので、サーチエンジンは記事に書かれている語句の傾向や閲覧者の滞在時間など、測定できる要素からサイトを評価しています。

そして、ネット記事における“文才”がある人たちは、このサーチエンジンの仕組みを限りなく分析/解釈し、サーチエンジンに評価され易い記事を書ける人たちになります。

記事を書き分析することで“ネット文才“が身につく

私が気がついたのは、普段、何気なく検索して目にしているブログは、ほぼプロだということです。

もちろん、副業だったりするブロガーもいることでしょう。しかし、少なくとも数年はブログを書き続けている人ばかりです。彼らはその数年間、サーチエンジンに評価されや易い文章、タイトル、それらを悩み研究して、今、私たちが読に読まれているのです。

つまり、ネット記事における“文才”は経験や分析により成り立っているのです。

3ヶ月で50万円の収益!ってブロガーもいますよ?

もちろん、すぐに成功される方もいますが、

大多数のブロガーは数年以上続けています。

ブログ記事を書き続けているうちに、ナゼ上位表示されないのだろう、どうして閲覧者が増えないのだろう、キーワードに意志を入れてみよう… そんな考えが芽生えてきます。

そうやって、少しずつネット記事に対する文才が上がってきます。

自身のサイトで閲覧者が増えている記事があったら「ナゼこの記事は読まれているのか?」「どうして上位表示されているのか?」そんなことを思考錯誤することで文才が身についてきます。

つまり、ネットにおける文才は記事を書いてみなければ絶対に身につけることができないということです。

自分の文章がサーチエンジンにどう評価されるのか?それが第一歩になるからです。

そう考えると、一般に思い描く文章力なんて必要無いと思いませんか?

だから、まずは書いてみましょう!人は誰でも頭の中で考えるとき言語化しています。それを文字にするだけです!そして、書いた記事が検索されるにはどうすれば良いのかを悩み改善していけばよいのです!

もしあなたの記事がいきなりGoogle検索の上位に表示されたらネット文才が既にあるって証拠です!

文章を 読まれるのは恥ずかしい! を解決する思考(マインド)

ハッピー,悩みからの解放!

記事を書こうとすると、「文章を人に見られるのは恥ずかしいな…」なんて考えが頭をよぎります。

この恥ずかしいという気持ちはどこから来ていると思いますか? これは、誰か記事を読む“相手”を想定しているからですよね?

家族や知人が読むところを想像して恥ずかしい気持ちになってない?

記事を読む相手を想像しながら文章を書くというのは、ネットで記事を掲載するうえで1番重要なスキルと言っても過言ではありません。

つまり、恥ずかしいという気持ちは、とても重要なネット文才であるということも言えます。しかし、ここで注意したいのが、「誰を思い浮かべるか?」です

あなたが「恥ずかしい」という気持ちになった時、閲覧者を友人や家族で想像していませんか?

もし家族や知人を読者と想定しているのであれば、それは間違っています。ブログ記事はFacebookやInstagramなどあなたが認識しているコミュニティに対して発信しているわけではありません。

世界中の誰でもアクセスできるサイトになっているのです。つまり、あなたの記事に辿り着くのは限りなく100%に近い確率で他人になります。

誰に向けて記事を作成していますか?

あなたの記事は誰のために書いているのでしょうか?

同じ悩みを持っている人を励ますため、知識を必要としている人、情報を探している人、そんな人に向けて記事を書こうとしているはずです。

単に自分の日記を残したいだけなら、わざわざネットに掲載する必要はありませんよね?

収益が目的ならさらに明確で、その”商品“や”情報“が欲しい人を想定し、その人たちの背中を押すことが第一の目的になっているはずです。

つまり、まだ見ぬ相手にメッセージを届けたくて記事を書きたいと考えていると思います。

ちなみに、私の場合は全て子供のために記事を書いていますが、「インターネットという不特定多数がアクセスする環境」に記事を載せるため、文体だけは他人でも読めるように書いています。

あなたの記事を批判する人はいません!

同じ悩みや情報を検索している人にとって、あなたの記事を批判することはありません。だって同じことで悩んでいるのですから。

そして、同じ悩みを持っている人以外はあなたの記事を読みませんよね?なぜなら、悩みや欲しい情報がなければネット検索しようとしないのですから。

「あなたが書いている記事に興味のない人は読まない=真剣に読みたい人だけが読んでくれる」そう考えると、文章を書いて恥ずかしいなんて気持ちもなくなりませんか?

もし閲覧してくれた人が、「役に立たない」「共感できない」と思ったら、単にページを移動し他の記事を探すだけです。

あなたが何か調べ物をしたくてネットで検索している時、自分の解決したい回答が載っていないサイトを見て、笑ったり・中傷したりしますか?単に“戻る”アイコンをクリックして違う記事を検索しているだけでは無いでしょうか?

いちいち、サイトを批判している暇なんてないですよね?”戻るボタン“で次を探します。

誰かのサイトを閲覧して「この人スゴイな」「ここまでちゃんと書いてくれてありがたいな」と思ったことはあっても、自分の思う回答が無いからと作者に怒りを感じたことは一度もありません。

私自身は、そう上記のように考え、文才が無いこと、恥ずかしいという悩みを乗り越えブログ執筆を開始しました。

誰も見てくれないのでは? という自己矛盾

悲しい,誰もいない,見てくれない

ヨシ!頑張ってブログを書いてみよう!

でも誰も見てくれなかったらどうしよう

先ほどと言っていることが矛盾していますね。

まだ、慣れていない記事でも見てもらいたいということですか?

ハイっ! 自己矛盾の世界にようこそ! ですね。

ブログを始めようと考えると、ナゼか、矛盾した思考が堂々巡りしてしまいます。

先ほどまで、 文才が無いセンスがない 恥ずかしい と考えていたのに今度は見られたい。大きな矛盾ですよね。でも、その心境に私もなりました…

恥ずかしいという気持ちは相手を想定するから

文才の部分でも言いましたが、恥ずかしいという気持ちは相手がいないと成立しません。

恥をかかない究極の方法は、自分意外は誰もいないという状態を作ることです。もし、多くの人に見られたいのであれば、それは恥をかく機会を増やすということでもあります。

自分自身で“まだまだネット文才がない”と認めているのだから、見てもらえないのは仕方ないのではないでしょうか?

多くの人に発信したいのであれば、ブログを書き続けて、サーチエンジンが高い評価をする文章/デザイン/ ネタを洗練させるしかありません。

有名なブロガーさんでも、最初の半年はほとんどアクセスがなかったと過去を語っています。

Googleのサーチエンジンは過保護なくらい優しい!

ネット文才が無い、そんな不安を持って記事を書いている時は、Googleの上位検索に並ぶことはありません。つまり、見られないので全く恥ずかしくなんてありません!

恥ずかしい記事は見られないように、良質な記事は見られるようにまるで過保護な母親のような振る舞いをしてくれるのです。

こう考えると、ブログを始める時に悩む、「文才がない」「誰も見てくれない」なんて悩みは乗り越えられませんか?

きっとあなたの初回のブログはGoogle検索でもかなり下位です。閲覧者もほとんどいない数ヶ月を過ごすことになります。

ど〜せGoogleトップにいきなり表示されることもないでしょうから、文才や恥ずかしいなんて気持ちは気にせず記事を作成しましょう!

”トップブロガー”と”初心者ブロガー”が並んで恥をかかないように、現代の英知を集めたAIがサイトを並べ替え、恥ずかしくない順にしてくれます!

かっこいいあなたは前ね」「君はまだまだ発展途上だから後ろね って、それはそれは非情な心で振り分けてくれます。

そして、君、カッコよくなってきたね!って判断されると勝手に前の方に来るのです。

ホントはSEO対策や狙いワードなどでヒット率も変わりますが…今は無視ということで。

つまり、文才がない時点はあまり多くの人に見られない。成長して良い記事になってきたら多くの方の目に触れる。

そう考えると、”文才”なんて気にならないなって結論に至りました。

まとめ

この記事のまとめ

・ネット文才は、サーチエンジンに評価される文章を書けること。小説家じゃない!

・ネット文才は、記事を書いて分析しなければ身につかない→まずは書いてみよう!

・恥ずかしいと思うのは読者を身近な人で想定してしまうから→同じ悩みや疑問を持って記事にたどり着いた読者はあなたを批判にしない!そんな暇じゃない!

・Googleさんのサーチエンジンが、あなたの文才に応じて露出度を変えてくれる!→ 文才が無ければ閲覧されない / 多くの人に読まれたときは既に文才があるって証拠だから恥ずかしくない!

本日は、ブログを始めるに当たって最初に悩む、文才がない、恥ずかしい…という悩みについて私なりの自己解決思考をご紹介しました。

どなたかの背中を押すことができれば嬉しい限りです!

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最後までお読み頂きありがとうございました。